貧者の裁断機
2011/11/14 月曜日ようやく裁断機を買った。書籍裁断としてはプラスのPK-513というのが定番で、実際これは使いやすいんだが、1.5cm厚まで、というのが難点だった。実際、うちで裁断する本の大半はそれを超える。
で、こちらは4cm厚まで行ける、というのと値段がほとんど1/3以下というのが決め手になった。まぁ、多少のズレは出るし、意外に力が要る。が、まぁ、それでもちゃんと使えるんだからよい機械である。
ようやく裁断機を買った。書籍裁断としてはプラスのPK-513というのが定番で、実際これは使いやすいんだが、1.5cm厚まで、というのが難点だった。実際、うちで裁断する本の大半はそれを超える。
で、こちらは4cm厚まで行ける、というのと値段がほとんど1/3以下というのが決め手になった。まぁ、多少のズレは出るし、意外に力が要る。が、まぁ、それでもちゃんと使えるんだからよい機械である。
intelが新たな戦略としてUltrabook構想というのを出している。ま、要するにWindows系のMacBook Air化と言ってもいい。
ということで、その第一弾がAsus Zenbook 11″, 13″, Acer S3, 東芝 R631, Lenovo Idea Pad U300sである。実機をいくつか見てきたんだが、微妙だなぁ。
まずUltrabookであろうと普通のノートPCであろうと、こちらの絶対条件の一つはVGA出力である。まぁ、そういう条件は大学関係者とか一部に限られるのかもしれないが、VGA出力をデフォルトで持っているのは東芝のR631だけ。Asusはmini HDMI出力に対するDsub変換アダプタがある。Acerはそれもない。
次に、まぁ、このご時世、持ち運ぶのならSSDなわけだが、このSSDというのはヘビーに使うと3年は持たない気がしてきた。というか、下手をすると1年ちょっとで危ないかもしれない。つまり、近頃の持ち運びPCは限りなく消耗品である。その消耗品にどれだけの予算をかける気になるか、というのがUltrabook系の魅力そのもの、ということになるだろう。正直なところ、その観点で言えば、10万はどうしようもなく高い、という気になる。この2, 3年、CULVというタイプが受けたのは安価だったからだった。それと比べてUltrabookは薄さとレジュームの速さだけが取り柄。これではまだしばらく苦しいなぁ、と思う。
ということで、うちではUltrabookは当面見送りである。
今年は出張が激増したので、カメラを持っていく頻度がそこそこ増えた、とは言っても撮影頻度はそう増えていないんだが。ともあれ、{DP2, DP1s, GRD3}という単焦点と{CX4, 410F, S90}というズームもの、という2台が普通である。4/3やm4/3は出張ついでにはさすがに大きい。
で、まぁ、いつも2台持ち運ぶのはなかなか辛い。いっそのこと、Pen2かGH1で14-150mmを1本だけ、という手はあるわけだが(まぁ、それに加えて20mmとか25mmを持ち運ぶのはそれほど邪魔じゃない)、Panasonicのはさすがに重い。ま、そもそもそうしちゃうと形状がかばんに突っ込むには激しく適さなくなるわけである。
ハーマンミラー アーロンチェアライト ポスチャーフィット ライト 固定アームBサイズ AE112 PWB-PJ G1 BB BK 3D01
Amazon価格:¥ 89,250
カテゴリ:ホーム&キッチン
発売日:2010-12-13
ちょっとでも仕事椅子に関心のある人なら誰でも知っているアーロン・チェア。15万近くするその高価格にはさすがに手を出しかねていたが、いつの間にか「ライト」シリーズというのが出ていた。前傾チルトがないのと肘掛が固定、というこの2つの機能がなくて9万弱。自宅の椅子がさすがにへたれてきた上に、どうも身体に合っていないと感じてきていたので、思い切って買ってみたわけである。
肘掛はどうせならもう少しハイポジションにして欲しかった、と思うが、それ以外はいい気がする。背の高い人にとってはバックが少々低い、というのがアーロンチェアの欠点の一つだと思うが、私の身長だと無問題。座面上で胡坐をかくといった姿勢はできないが、まぁ、それはたぶん正しいのだと思う。
輿石民主党幹事長、藤村官房長官、と要するに与党、政権双方のスポークスマン・トップがともに、鉢呂経産相辞任の契機となったマスコミ報道を問題視しているという発言を行なった。いずれも「放射能つけてやる」発言はオフレコだったのに、という話である。そういう低レベルなことしか言えない幹事長や官房長官こそ罷免したらどうだ?
まず前提として、(直接の知り合いはよく知ってのとおり)私は日本のマスコミを基本的に評価していない。態度も知識も判断力も大いに問題があると考えている。国民の知る権利を保証する報道の自由たら言うお題目もまったく信用しない。いや、そもそも「国民の知る権利」とは政・官・軍を知る権利なのであって、今回の件などはまさしくもっとも重要な意味で「国民の知る権利」に対する恫喝なのだから、マスコミはいっせいに大騒ぎして叩くべきである。そういうことすら分かっていないマスコミを信用できるはずがない。
で、そういう意味で与党、政権双方のスポークスマンが歩調を合わせて「オフレコだったのに」という批判を口にして平然としているのは、民主党が体質として全体主義的だ、とすら思えるわけだが、今回はそれ以前の問題がまずある。
ここにいたるまで「放射能つけてやる」発言などなかった、とは(本人も含めて)誰も言わない。つまり、あったわけである。小中学生ならともかく、一介の東電社員であったとしても、マスコミがこんな発言を見つけたら大々的に報じるだろう。世の中TPOにあわせて洒落や冗談で済まないこと、というのはいくらでもある。例の「セシウムさん」事案にしたところで、放送事故だから隠しようがなかったわけだが、あの放送事故がなかったとしても内部告発があれば相当に問題になっただろう(自浄能力に欠ける大手マスコミがその内部告発を記事にする可能性は低かっただろうが)。
結局のところ、オフレコ発言だから何を言ってもいいわけではないし、そもそもオフレコを強制すること自体が非常識の始まりである。オフレコを求められてマスコミが応じるとすれば、報道することによって国益を損なう可能性が高いと考えられる場合と、そもそも報道する価値がない場合だけであるべきであって、それ以外はすべて癒着でしかない。だいたいオフレコ発言の変種でしかない「首脳筋は」や「政府高官が」という匿名リークを体よく利用している輩が今さら何を言うか、の世界なんである。
繰り返すが、「放射能つけてやる」発言は誰がやろうと現状では眉をひそめられるものであって、大臣が(まぁ、家族にくらいは許されるだろうが)どういう場であれやることなどあってはならないほどに質の低いものである。そんなことをしておいて、オフレコだったのに、など、何の言い訳にもならないし、それをマスコミのせいにする阿呆が幹事長や官房長官をやっているなど洒落にもならん話である。
本来的でないところをすべて剥ぎ取ってしまうと、政治とは決断に他ならない。そして、民主主義の政治はその決断の地盤を民衆に頼るという点で、ことばがすべてになる。ありていに言って、ことばに鈍感な者は民主政体の政治家としてはじめから失格である。さらにマスコミは文脈を剥ぎ取り平気でミスリーディングな報道をするから、なおいっそうことばは難しいということになる。
で、鉢呂経済産業相が2つの”失言”で早々に辞任/更迭しそうである。まず一つ目は「死の街」発言。
大変厳しい状況が続いている。福島のあの汚染が、私ども経産省の原点ととらえ、そこから出発すべきだ、というものを三度目ですが感じてきました。
事故現場の作業員や管理している人たちは予想以上に前向きで、明るく活力を持って取り組んでおる。3月、4月に入った人もおられたんですが、雲泥の差だと話してい た。残念ながら、周辺の市町村の市街地は、人っ子ひとりいない、まさに死の街という形でございました。私からももちろんでございますが、野田首相から、「福島の再生なくして、 日本の元気な再生はない」と、これを第一の柱に、野田内閣としてやっていくということを、至るところでお話をしところでございます。
実のところ、前後を見れば分かるように、実は失言というほどではない。人っ子ひとりいないのだからゴーストタウンなのは当然だし、それを改めて認識した上で、「福島の再生なくして」と続くわけだから、その現状を今から改善するのだ、というニュアンスである。それを「死の街」という語句だけを取り上げるのは偏向というものだろう。
とは言うものの、それがマスコミなのだ、というのは端から分かっていることであり、やはり大臣側が軽率なのである。
一般に、マイナスイメージのことばはそもそもなるべく使わない方がいい。インパクトが大きい分、そこに引きずられてしまうからである。それでもなお何らかの意図で使用したいと思うなら、その直後にいっそあざといくらいのポジティブな決意を加える。「福島の再生なくして」では、まだ、遠いのである。「まさに死の街という形でございました。こうした状況を長引かせてはならない、もう一度この地域をこれまで以上に明るく活気のある街へと復興しなくてはならない。私からももちろん・・・」くらいにしないと駄目だろう。ともあれ、この点についてさっさと陳謝・撤回をしたのは賢くない。まず文脈を見ろ、と、もう少し粘るべきだったと思うがな。
一方、もう一つの、作業服をなすりつけて「放射能つけてやる」という方がどうしようもない。こちらこそが一発退場レベルである。何を考えていたんでしょう?さらに酔ってもいない状態で「記憶があいまい」というのもないと思うがな。
もはや放言癖があるとしか見えない前原政調会長は別格(もちろん悪い意味での)としても、民主党政権になってから大臣任命直後の失言というのが本当に多い。大臣になって舞い上がっているとしか見えない。えらくなったのではなく、責任が重くなったのだ、ということにさえ気づいていれば、軽々しく「個人の考え」を言うもんじゃないだろう、と思うんだがなぁ。
正直なところ、これだけお子様ばかりでは付き合いきれない、というのが大多数の感覚だと思うが、民主党の政治家ってそれほどに馬鹿ばっかりなのか?それとも大臣というのはそれほどに舞い上がっちゃうもんなのか?いずれにせよ、情けない限りである。
2chやTwitterでAKB 48とAK47の共通点として次のような話がある。
何となく当たっていて嗤ってしまったのだけど、気がついたら自分はどう見てもAK47の知識はたしょうあるけどAKB48は知らない。写真を見せられても一人として言い当てられないのは確実である。
そもそもAK47くらいは常識中の常識だろうと思う半面、現実には日本では知らない人の方が多いのかもしれない、とも思う。まぁ、幸いというか、私自身もAK47の実物を手に取ったことはない。が、貧者の兵器として60年近くに渡って1億丁以上が使われてきた。それを知らないというのは無知にもほどがあるだろう、とは思うんだが、まぁ、もごもご。
パソコンは消耗品である。普通、3年も経たないで速度低下などいろいろな問題が出てくる。なので、基本的にはパソコンはあまり高価なものを買わないことにしている。実際、いま割と主力で使っているのは、Acer Aspire 1410 (CPU: Celeron U2300, Mem: 4GB, SSD: 80GB)だったりする。U2300はこの数年の中で一番コストパフォーマンスに優れたCPUの一つだが、SSDを使うと、この程度のスペックでも日常作業はほとんど不満を感じない。他にもいろいろ使っているが、そのほとんどは本体価格は5万以下がほとんどである。
とは言うものの、さすがにCore i5以上のCPUになると、低価格ノートPCでは重量がかさむとか、まぁ、それなりに不満も出てくる。2000年代前半はPanaonicのLet’s Noteが一つの解だったんだが、近頃のLet’s Noteはあまり好みではない。で、近頃目が行くのはSonyのVaioシリーズである。その理由ははっきりしていて、Vaio (特にZ, S(A))だけが1600×900とか1920×1080といった高解像度LCDが選べるからである。また、SSDをRAID 0で高速化しているのもVaioだけ。高解像度ということはそれだけ同じサイズのパネルでも広く使える。それで価格が上がるというのは納得が行く。さすがに作業用としては13.3″程度のサイズで1920×1080は無茶なので1600×900を選ぶわけだが、それでも十分広くなる。また、SSDをRAID 0で高速化させるというのもうれしい。
結局、WXGAパネルにするなら5万前後以下の低価格で十分で、10万を超えるノートPCを買うなら絶対的なアドバンテージがないとその気にはなれない。とりあえずその気になるのはVaioだけ、ということなんである。
まぁ、物欲とまで言わんでもいいが、近頃買ったものとか。
ネットブックかどうかはどうでもいいんだが、1kgくらいのそこそこ小さくて軽いPCがあるといいなぁ、ということで、数ヶ月前から探していた。ネットブックだとAtom N470 (シングルコア)かN550/570 (デュアルコア)にするか、ってのが大きい分かれ目。前者なら形状のスマートさでAspire One E255、後者ならNEC Lavie Light, Lifebook MH, Aspire One A Happy2といったあたり。ところがN570系はどれも一長一短(RGBポートがない、高い、重いなど)でいまいち決めかねない。マウスコンピュータからネットブックでなく5万円くらいの1.1kgってのも出てきた。
ともあれ、そういう中で結局、2万5千円以下で買えるAcer Aspire One E255を買った。これに換装用に2GBメモリ、40GB intel SSDを合わせても3万5千円ちょっと。
さすがにWindows 7 Starterで使える気はしなかったので初回起動すらせずにSSDに換装、Ubuntu 11.04を入れてWindow ManagerをLXDEに変更。サウンドが最初出ないとかちょっとあるが、まぁ、すぐ解決。3セルバッテリなので3時間前後しか持たないが、まぁ、それでたいていのことは何とかなるかなぁ。
どちらも最安値状態になったところで購入。410Fは大したものではないが、さすがに軽くて小さい。大したものではないとは言え、一般的にはかなり許せるレベルまで画質とかは向上してきているんじゃないかな。ここに来て携帯電話/スマートフォン付属のカメラ機能とまた性能が開いてきた気がする。一方、GR Digital IIIはずっと手をだしかねてたんだが、まぁ、チャレンジ。1/1.7程度の撮像素子にしては、まぁ、悪くないかな、という感じ。個人的な使い方としてはメモ用途も含めてそこそこの画質で手軽なものと、単焦点で画質を追求するものの2台体制が基本。まぁ、もうすぐ出るOlympus Pen miniとかの1台という手もありそうな気がするが、要するにクセの強い1台があるといいなぁ、という発想でもある。
パスポートケースを2つ使っている。一つは長3封筒くらいの大きめのやつで、これは行き帰りの移動と間の貴重物集約のため、もう一つはパスポートサイズで間での持ち運びのため。長3封筒サイズは大昔からのやつとそのうち使おうと思っているTumiのやつがある。一方、パスポートサイズのはなかった。で、Crossのを買ってみた。カードや紙幣等も入れられるので便利そう。一方、おまけでついてる伸縮型のボールペンは期待よりずっと細くて脆弱そう。うーん。
別に何か特殊なことを考えてってわけではなく、過去の卒業生からもらった学内移動用の自転車がどうにもぼろぼろになってきてパンク修理も頻繁立ったりするので、なるべく安価に買おうってので、折りたたみ式、ギアチェンジなしのシンプルな小さい自転車を1万以下で購入。乗り心地とか別によくないんだが、まぁ、学内程度なので無問題。
『ぱふ』(雑草社)が休刊するそうだ。「少女マンガの情報誌」と紹介されていて、いまはそうなっているのか、と思いつつ。
Wikipediaにもあるが、『ぱふ』は1974年に清彗社から『漫画界』としてスタートし、『漫波』、『まんぱコミック』と改名を続け、1977年に『だっくす』、1979年に『ぱふ』となった。私はちょうどのこの『だっくす』から『ぱふ』へ変わる頃に知り、それから2~3年読んでいた。ちょうど中学から高校のころだ。
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